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「なんとまあ・・・・・・威勢のいいお嬢さんだ」
ウィンストン・チャーチル[出典]

ヴィッキー・プレンティス[1]Vicky Prentiss)はイギリスロンドンでバスの車掌として働いていた婦人参政権論者であり、それについての論文を書いた。彼女はペリグリン・プレンティスミセス・プレンティスの娘だった。1916年、ヴィッキーはインディアナ・ジョーンズと恋に落ちた。

経歴 編集

生い立ち 編集

ヴィッキー・プレンティスの父親は外交官だった。そのため、任地が変わるたびに一家は住む国を変えていた。エジプトに滞在していた頃、彼女たちはピラミッドを見学に行った。しかし、ガイドのラクダ乗りに置いてきぼりにされたことがある。

彼女の父は暮らす国の言葉を知るべきだという考えを持っていた。母親はウェールズ生まれであり、ヴィッキーにはいつもウェールズ語で話しかけていた。そのためヴィッキーはさまざまな国の言葉が話せるようになった。

インディとの出会い 編集

1916年、ヴィッキーはバスの車掌としてロンドンで働いていた。その年の5月、インディアナ・ジョーンズと戦争未亡人が共にバスに乗ってくる。ヴィッキーはそのときはジョーンズに特別な関心はなかった。彼女は2人に婦人参政権論者の集会のチラシを渡した。やがて戦争未亡人はジョーンズを叩くとバスを降りた。その後、バスはドイツの飛行船ツェッペリンの空襲に遭った。ヴィッキーは乗客を避難させたが、ジョーンズは空襲になれていないため、逃げ遅れていた。ジョーンズは慌てたため、バスのガソリンタンクの真下に隠れた。ヴィッキーは彼を注意し2人が走り出したとき、近くで爆発が起きた。爆風で吹き飛ばされながらジョーンズはヴィッキーをかばった。ツェッペリンが通り過ぎるとヴィッキーは乗客たちを集め、バスはパディントンに向かった。

その日の夜遅く、ヴィッキーはイースト・ロンドン婦人参政権連盟の集会に来ていた。そこではシルヴィア・パンクハーストの演説を聞くためだった。その会場にはヴィッキーを追ってきたジョーンズも来ていた。やがて演説が始まり、それに野次をとばす酔った男たちもいた。ジョーンズは席から立ち上がるとそんな男たちを怒鳴りつけ、メイジー・ケンプが演説するのを助けた。その行動により、ヴィッキーはジョーンズを再評価した。集会が終わった後、ヴィッキーはジョーンズを紅茶に誘い、幼少時代のことを語り合った。彼はベルギー軍の志願兵だった。散歩の途中、2人は夫を失った子連れの女性に出会った。ジョーンズはその女性に金を“貸す”という形で渡した。彼はその女性の面子を保たせたのだった。ヴィッキーとインディは翌日、仕事が終わったらオックスフォードに一緒に行く約束をして別れた。

翌日、2人はジョーンズの元家庭教師のミス・シーモアのもとに滞在した。ヴィッキーはシーモアが彼女の父親を知っていることに驚いた。だが、ヴィッキーとシーモアは婦人参政権についての意見が合わなかった。シーモアは政治家の家に石を投げたり、火をつけたりすることに反対していた。ヴィッキーはシーモアと口論になった。ヴィッキーは失礼なことをしたと考え、帰ろうとしていたが、シーモアは自分を取り繕おうとしないヴィッキーを気に入っていた。そしてシーモアはウィンストン・チャーチルの出席する晩餐会に2人を招いた。

晩餐会ではチャーチルが軍人の投票権についての話をしていた。ヴィッキーは婦人参政権に話を変えた。ジョーンズは何とか話をそらそうとしたが、ヴィッキーとチャーチルは論争した。ヴィッキーが机を叩いたとき、偶然デザートについていたスプーンにその手が当たり、そのデザートの一部が中に飛び、チャーチルの鼻にかかった。当惑したヴィッキーはその場を後にした。翌日ヴィッキーはシーモアに謝り、婦人参政権にこだわる理由を告げた。それはヴィッキーの母親も婦人参政権論者だった者であり、捕まって強制給餌を受けたことがあるためだった。それ以来彼女の母親は身体の具合がよくなかった。シーモアはヴィッキーに自分でも同じ事をしただろうと答えた。2人はデザートが鼻についたチャーチルの顔を思い出して笑った。

ヴィッキーは休暇を取り、ジョーンズと共に過ごした。オックスフォードの田舎で自転車を借りて走ったり、ボートに乗ったりもした。2人は愛を告白しあった。ヴィッキーの提案により、2人はヴィッキーの両親に会いに行った。

ロンドンではヴィッキーは婦人参政権論者の原稿を書き、それをパンクハーストに渡した。ジョーンズの勧めにより、タイトルは“言葉より行為を”になった。これは彼が聞いたパンクハーストの演説で彼女が言った言葉である。ジョーンズはヴィッキーに友人レミ・ボードワンのところに召集命令が届いたことを告げた。ジョーンズとレミ・ボードワンは翌日には出発しなければならなかった。ヴィッキーとジョーンズはレストランで夕食をした。ジョーンズはヴィッキーに結婚を求めた。ヴィッキーはまだ準備ができていないとそれを断った。ジョーンズはそれを聞き、レストランを出た。翌朝、ヴィッキーはジョーンズを見送るべきかどうか迷いながらも駅に来た。彼女はそこで声をかけられる。ジョーンズだった。2人は短い間、目を合わせていたが、レミ・ボードワンの注意で彼は走り出した汽車に飛び乗った。汽車が出発した後もヴィッキーはそこに立っていた。

ジョーンズはそれ以来ヴィッキーと連絡を取ったことはなかったが、長年にわたって彼女のことを他の人に話している。

再会 編集

OldVicky

1990年代、再会するヴィッキーとインディ

1992年ニューヨークでジョーンズが顧問計理士のボブ・トレイナーと食事をしていたとき、ヴィッキーも偶然同じレストランにいた。お互い気づいてはいなかったが、ヴィッキーの話し声を聞いたジョーンズはトレイナーに過去の話をした。話が終わったとき、ヴィッキーは出口に向かうため、ジョーンズの脇を通った。そのときにヴィッキーは一緒に来ていた老婦人に向かって“言葉より行為を”、と言った。ジョーンズは彼女がヴィッキーであると確信し、声をかけた。ヴィッキーもジョーンズに気づき、2人は再会を喜んで抱き合った。

性格と特徴 編集

幼い頃、ヴィッキー・プレンティスは父、母、兄と共に世界の国々を旅した。その結果、1916年までには彼女は英語以外に流暢にフランス語、ドイツ語、イタリア語、スウェーデン語、ギリシャ語、アラビア語、ウェールズ語を話すことができた。彼女がインディアナ・ジョーンズに会ったとき、彼も同じような教育を受けていたことを知り、2人は驚いた。

舞台裏 編集

ヴィッキー・プレンティスが登場したのは『インディ・ジョーンズ/若き日の大冒険』の“London, May 1916”である。1916年の若いヴィッキーをエリザベス・ハーレーが演じ、1992年の年を取ったヴィッキーをジェーン・ワイアットが演じた。また、後に再編集されたときには老ヴィッキーと老インディの再会の場面は全てカットされた。

登場作品 編集

英語の題名は未邦訳作品。

  • The Young Indiana Jones Chronicles - "London, May 1916" (初登場) → Love's Sweet Song
  • The Young Indiana Jones Chronicles – "Paris, October 1916" → Demons of Deception (言及のみ)
  • The Adventures of Young Indiana Jones – イノセント・ストーリー(言及のみ)
  • The Young Indiana Jones Chronicles – "Istanbul, September 1918" (言及のみ)悪の仮面

脚注 編集

  1. カタカナ表記は『戦下の別離』に基づく。

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